喉が渇いてコーラを飲んだら糖尿病だった。

朝7時15分、私は薬を飲む。

小さな錠剤を2つ。水で流し込む。これが私の朝のルーティンになって、もう6年になる。40歳で2型糖尿病と診断されてから、毎朝欠かさず続けている。いや、欠かさずは嘘だ。たまに忘れる。会社で「あ、飲んでない」と気づく。飲み忘れたらどうすればいいのか。帰って飲むべきか。夜に飲んで次の朝また飲んでも大丈夫なのか。朝の分をずらすべきか。頭の中で議論が始まる。先生に聞いたことがある。気づいたのが夜ならもう飲まずに次の日に飲んでください、お昼なら飲んでOKです、と言われた。なるほど。そこで私は会社に予備の薬を置いておくことにした。家の机に置き忘れたけど。

そして今夜、私は焼肉食べ放題の予約を入れている。

朝、糖尿病の薬を飲んだ。同じ日に、同じ人間が、同じ口で焼肉食べ放題に行く。矛盾している。自分でもわかっている。わかった上でホットペッパーで予約した。ポイントも使う。クーポンでドリンクバー無料になるやつも保存してある。食べ放題でビールを飲むのは邪道だ。ビールでおなかいっぱいになって食べられなくなるじゃないか。そもそも車で行くから飲めない。飲めないのと飲まないのは違う。私は仮に車じゃなくても飲まない。ビール1杯で顔が真っ赤になるからではない。邪道だからだ。いや、真っ赤になるからかもしれない。どっちでもいい。食べ放題では食べることに全力を出す。それが礼儀だ。

糖尿病患者がクーポンの有無で店を選び、コスパを計算し、食べることに全力を出そうとしている。命よりお得が優先されている。

この記事は、そんな私が30代の自分に伝えたいことを書いたものだ。ただし先に言っておくと、これは成功体験の話ではない。40歳で糖尿病になって、46歳の今も食べ放題に通っている男の話だ。説教しようとしたら、説教する側の生活がまるで変わっていなかったという話だ。


第1章 30代の食卓

30代の私の食卓は、カロリーの暴力だった。

大阪で生まれて大阪で育った人間にとって、食うことは娯楽であり、福祉であり、アイデンティティだった。大阪人は食い倒れの街で育つと味覚のリミッターが壊れるらしい。しらんけど。

当時の食生活を数字で振り返ると、こうなる。

ラーメンは週2〜3回。替え玉は当然する。スープも飲む。牛丼は並で足りなくなって、いつの間にか特盛がデフォルトになった。コンビニに寄ると、おにぎり2個とカップ麺と菓子パンを買う。会計は700円台。これを「節約」と呼んでいた。

食べ放題には月に2〜3回は行っていた。焼肉、しゃぶしゃぶ、寿司、ビュッフェ。食べ放題の店を選ぶときの基準は味でも雰囲気でもなく、価格とクーポンの有無だった。ホットペッパー、食べログ、ぐるなび。3サイトを巡回して10%オフとポイント還元の合わせ技を見つけたときの達成感は、仕事がうまくいったときより大きかった。

コースを選ぶのも真剣だ。一番上のコースは魅力的に見える。しかし一番上のコースを選ぶと、そのコースでしか頼めないメニューばかり気になって注文してしまう。冷静に考えろ。本当に食べたいのはカルビとハラミだろう。限定メニューに釣られて本来の目的を見失うな。私は食べ放題のコース選びにおいてはきわめて合理的な人間だ。糖尿病の治療においてはまるで合理的ではないが。

子どもたちも食べ放題が好きだ。ありがたいことに小学生未満無料の店がある。これは大きい。しかし小学生になると大人の半額を取られる。半額と聞くとお得に聞こえるが、うちの上の子は焼肉屋に行ってもサイドメニューばかり頼む。焼肉のたれと海苔でご飯を食べている。それに大人の半額を支払っている。コスパ大好き人間にとって、これはなかなか堪える光景だ。

元を取れないのはわかっている。わかっているけど、なるべく元を取れるぐらいまでは食べたい。この「なるべく元を取りたい」という気持ちが、おそらく私の人生のほとんどを支配している。

体重は増えたり減ったりした。増えたときだけ炭水化物ダイエットを始め、2キロ減ると「やればできるやん」と思い、その夜にラーメンを食べて3キロ増える。体重の推移をグラフにしたら、右肩上がりの株価チャートみたいになっていたと思う。

当時、糖尿病という言葉は知っていた。ただ、それは「太っている人がなる病気」であり、「おじいちゃんがなる病気」だった。自分が34歳で78キロになったとき、「ちょっと太ったな」とは思ったが、糖尿病が頭をよぎったことは一度もない。

健康診断の結果は、届いても封を開けない。封筒がテーブルの上に1週間放置されるのが常だった。妻が「開けないん?」と聞いてくる。「あとで見るわ」と答える。「あとで」が来たことはほとんどない。


第2章 身体が送っていたLINE

38歳のあたりから、身体が異変を知らせ始めていた。

いま振り返ると、あれは身体からのメッセージだった。LINEで言うなら未読のまま溜まっていく通知みたいなものだ。私は全部既読スルーした。

最初の通知は「喉の渇き」だった。

やたらと喉が渇く。仕事中も寝る前も、常に何か飲んでいたいという感覚が消えない。最初は水を飲んでいたが、そのうち水では物足りなくなった。気づけばコーラに手が伸びていた。500mlのペットボトルが1日1本になり、1.5リットルが冷蔵庫に常備されるようになった。

次の通知は「夜中のトイレ」だった。

夜中に2回、3回と目が覚める。妻に「最近トイレ近くない?」と言われた。「いや、水飲みすぎただけやろ」と返した。妻は「そうかなあ」と少し心配そうに言ったが、私は気にしなかった。

そして同僚からの一言。

「最近コーラめっちゃ飲んでない?」

何気ない一言だった。昼休みに自販機でコーラを買う私を見て、ただ言っただけだろう。「好きやねん」と笑って返した。好きなのは本当だった。ただ、好きで飲んでいるのか、飲まずにいられないのかの区別が、当時の私にはついていなかった。

健康診断の結果が届いた。「要精密検査」の文字が並んでいた。封筒を開けたのは届いてから2週間後。妻に「そろそろ開けなよ」と言われてやっと開けた。精密検査の予約を入れたのは、さらに3ヶ月後だった。理由はいくらでもあった。仕事が忙しい、時間がない、まだ大丈夫。全部嘘だ。怖かっただけだ。


第3章 40歳、確定診断

40歳の春、私は病院にいた。

血液検査の結果を聞くために、内科の診察室で座っていた。医師はパソコンの画面を見ながら、淡々と言った。

「HbA1cが8.7%です。糖尿病ですね」

HbA1cの正常値は6.5%未満らしい。しらんけど。ただ、8.7%がどれくらい悪いのかは、当時の私にはよくわからなかった。医師の口調があまりにも平坦だったから、「まあ気をつけましょう程度の話かな」と思った。

医師は続けた。「糖尿病は治りません。コントロールする病気です。まず食事と運動で生活習慣を見直してください」

薬は出なかった。まず生活改善で様子を見ましょう、ということだった。

私はそのまま、次の診察に行かなかった。

「生活を見直す」と言われたが、何をどう見直せばいいのか具体的にはわからなかった。いや、正確に言うとわかっていたけど、やらなかった。食べ放題も行った。ラーメンも食べた。コーラも飲んだ。「薬も出てないんやし、そんな大したことないんやろ」と自分に言い聞かせていた。

1年後、別の症状で病院を訪れたとき、血液検査をされた。HbA1cは10.2%になっていた。

医師の表情が、前回とは違った。

「このままだと入院してもらうことになります」

その一言で、やっと目が覚めた。遅い。あまりにも遅い。でも10.2%という数字と「入院」という言葉が揃って初めて、私の足は動いた。

そこから食事を見直した。食べ放題をやめた。ラーメンの替え玉をやめた。コーラを水に変えた。毎日30分歩いた。1ヶ月後、HbA1cは8.3%まで下がった。

薬が処方された。最初はメトホルミンという薬だった。人によっては低血糖になるらしく、最初は少量から始めて徐々に増やしていく。最終的に毎食後1回、つまり1日3回になった。ちなみに私は低血糖になったことがない。食べ放題のおかげだろう。やがて薬の種類が変わって、今はフォシーガとジャヌビアという朝に1回だけ飲めばいい薬になった。1日3回が1回になったと聞くと良くなったように聞こえるかもしれないが、別に良くなったわけではない。薬が変わっただけだ。


第4章 6年後、変わらぬ自分

ここまで読んで、「ああ、この人は糖尿病になって生活を改めて、今は健康に気をつけて暮らしているんだな」と思った人がいるかもしれない。

全然そんなことない。

46歳の今の私の生活を正直に書く。

食べ放題には月に1〜2回行っている。焼肉が多い。予約するときは必ずクーポンサイトを巡回する。ホットペッパーで予約するとポイントが大量にもらえるキャンペーンがある。対象店舗限定だが、そういうときは対象店舗に合わせて予約する。店に合わせるのではない。キャンペーンに合わせるのだ。

ラーメンも食べている。替え玉は「しない日もある」程度。寿司も行く。回転寿司で皿を積み上げていると妻が横から「食べすぎやで」と言ってくる。ありがたい。まだ言ってくれる。さらにありがたいことに、子どもと私のかかりつけ医が同じなので、妻が先に情報を流している。「食べ放題ばっかり行ってます。怒ってやってください」と。家庭内に内通者がいる。

半額シールは今でも大好きだ。スーパーの閉店間際に行くと、惣菜コーナーの値引きシールが光って見える。

半額シールには人を引き寄せる力がある。決まった時間になると人が集まってくる。私は時間を見て「あともう少しだ」とワクワクしている。しかし油断してはいけない。店員さんはたまにフェイントをかけてくる。シールを持って惣菜コーナーに近づいてきたと思ったら、別の棚に行く。「まだか」と思わせておいて、ぐるっと回ってから戻ってくる。店員側がわざとやっているといううわさを聞いた。しらんけど。踊らされている。悔しいが踊らされていると知った上でまた踊る。店員さんがシールを貼り始めると人が群がる。これは商品の奪い合いではない。いかに「半額シールになんか興味ありません」という顔をしながら商品を取るかの戦いだ。遠慮がない大阪のおばちゃんには勝てっこない。私たちは残りかすを奪い合うのだ。

半額の寿司パックを手に取る。1000円が500円になっている。お得だ。500円儲かった。いや、500円は儲かっていない。500円支払っている。でも回転寿司で1000円分と考えたらお得だろう。寿司が10貫入っている。回転寿司では2貫で100円として……500円。同じじゃないか。

でもせっかく手に取ったお宝をここで棚に戻すのはもったいない。頭の中で買う理由を探し始める。

「ほら見て、とてもおいしそう。回転寿司よりおいしそうだよ」 「でも普段選ばないようなネタも入ってるよ?」 「普段食べないからおいしいかもよ!」 「でもその寿司パック、何度も買ってるでしょ?」 「そう。何度も買ってる。でもせっかく半額でコスパいいから買わないともったいない」 「だったら今回は500円でおいしい寿司が食べられると思って買っていいんじゃない?」 「そうだね!」

そして私は右手に半額の500円寿司、左手に半額の1000円寿司を持って今日もレジへ向かう。

コーラだけはやめた。正確には、ゼロカロリーのコーラに変えた。これが私の6年間で唯一の具体的な改善点だ。たまにメロンソーダ飲んでるけど。

薬は毎日飲んでいる。飲んでいるから数値はそこそこ維持できている。HbA1cは7%台と8%台を行ったり来たりしている。医師の表情は、最初の頃の「厳しい顔」から、最近は「諦めた顔」に変わった気がする。

最近、フォシーガにジェネリックが出た。ダパグリフロジン錠という薬だ。2025年12月に発売されたらしい。医師に「ジェネリック出ましたけど、どうします?」と聞かれた。

私はすぐに聞けなかった。「いくらぐらい変わるんですか?」と。

自分の体のための薬なのに、お金で決めるのかと思われるのが恥ずかしかったのか。先発薬にこだわるのかと思われるのが嫌だったのか。その両方なのか。

私は製造業に携わっている。きっちり管理していてもどこかで人間の手は介入する。だからずっと先発薬を選んでいた。価格差が小さかったから、ほんの少し高いぐらいで安心を買えるなら安心を買っていた。

でも制度が変わって、価格差が大きくなった。2ヶ月分まとめてもらうと、窓口での支払いが3,000円近く変わる。

「ジェネリックでお願いします」

私はコスパに負けた。安心が値段という力に屈した。国もこれを見越して価格差をつけてきたんだろう。しらんけど。

悔しい。でもいいのだ。安くなった薬の差額で食べ放題に行けるのだから。

そして健康診断のたびに怖い。毎回怖い。結果が届くと、封筒を持つ手が少し震える。開けるまでに3日はかかる。それでも以前の「2週間放置」よりはマシだと自分を褒めている。褒めるところが低すぎる。

2024年12月には、大腸にポリープが見つかった。内視鏡検査で切除して、結果は良性だった。良性だとわかるまでの2週間、私は生きた心地がしなかった。妻には「大丈夫やで」と言われたが、私の頭の中では最悪のシナリオが無限に再生されていた。

結果が良性だとわかったその週末、私は焼肉食べ放題に行った。学習能力がない。

父が長い間入院していたことがある。何ヶ月も食事ができなかった。点滴だけで過ごす日々を見ていた。自由に食べられるということがどれだけ幸せなことか、あのとき初めて知った。だから食べられるときに食べたい。食べたいものを食べたい。でも食べすぎると糖尿病が悪化する。悪化したら食べたくても食べられなくなる。

この矛盾の答えを、私はまだ出せていない。

薬を飲むことが免罪符になっている。そのことは自分でもわかっている。朝に薬を飲むと、「今日も薬を飲んだから大丈夫」という気持ちになる。大丈夫なわけがない。薬は血糖値を下げてくれるが、食べ放題で詰め込んだカロリーを消してくれるわけではない。わかっている。わかった上で、今夜も予約を入れている。


第5章 30代の自分へ伝えたい2つのこと

30代の自分に言いたいことは山ほどある。食べ放題をやめろ。コーラを捨てろ。替え玉するな。健康診断の封筒を開けろ。全部言いたい。

でも46歳の自分が同じことをしているので、説得力がゼロだ。

だから2つだけ伝える。この2つだけは、今の私でも胸を張って言える。

ひとつ目。健康診断の封筒は届いたその日に開けろ。

開けないまま放置すると、不安だけが育つ。封筒がテーブルの上にある限り、ぼんやりした恐怖がずっとついてくる。中身を見れば、数字は確定する。数字が確定すれば、怖いのか大丈夫なのかがはっきりする。わからない状態が一番しんどい。

ふたつ目。HbA1cという数字を覚えておけ。

正常値は6.5%未満。これだけ覚えておけばいい。自分の数字を知っているだけで行動は少し変わる。少なくとも私は、8.3%のときと7.5%のときで、食べ放題に行く頻度が微妙に違う。微妙すぎて誰にもわからない程度だが、本人の中では確実に変わっている。


おわりに

朝、薬を飲んだ。

今夜、焼肉食べ放題に行く。クーポンでドリンクバーが無料になる。烏龍茶を選ぶあたり、一応気を使っているつもりだ。烏龍茶の横にカルビを10皿積む予定だが。

40歳で糖尿病になった。46歳の今も食べ放題に行っている。薬は毎朝飲んでいる。生活はほとんど変わっていない。変わったのは、コーラがゼロカロリーになったことと、健康診断の封筒を開けるまでの日数が2週間から3日に短縮されたことくらいだ。

成功体験は書けなかった。でも、失敗し続けている体験なら書けた。

30代の自分へ。食べ放題をやめろとは言わない。ただ、封筒は開けろ。数字は見ろ。それだけで十分変わる。たぶん。

本日のHbA1c:7.9%

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